別冊ノーサイド|珈琲はメディアだ 園田啓司|WASEDABOOK
















どんな珈琲豆を取り扱っていますか?

 珈琲は現在、赤道周辺の「コーヒーベルト」と呼ばれる地域、60数カ国で生産されています。

 珈琲よいちでは、中南米、アジア、アフリカなど11カ国、24種類の豆を扱っていますが、常時店頭に出ているとは限りません。

 珈琲の名といえば、ブラジル「サントス」、イエメン「モカ」などをまず思い浮かべると思いますが、これは輸出港の名です。

これらの輸出港から出荷された豆は一括りにこう呼ばれていました。ちなみに、モカ港は現在、砂に埋もれてしまったそうです。

近頃では、ブラジル・ダテーラ農園のイエローブルボン種など、農園、地域、品種などで細分化されています。

 さらに、「山口さんの納豆」「田中さんちのトマト」など他の食品のように、輸入された珈琲袋に農園主の写真が入っていることもあります。


輸入先は?

 仕入れは生豆輸入業者を通して行っています。まだ、農園、生産組合などとの直接取引はありません。

 展示会などでアフリカの生産者と名刺交換した際、取引ロットを訪ねると1コンテナとの話、詳しいことはわかりませんが、たぶん最少でも1パレット、数百kg程度でとても当店のような弱小焙煎店1店だけでは処理しきれる量ではありません。

 今は将来に備え、農園主や輸出業者の講演会、説明会などに出席して現地の様子を勉強しています。また、生豆専門輸入業者のカッピングセミナーなどにも出かけています。

 当店にも来て頂いたことのある輸入業者の方が最近ブラジルで農園を借り、昔ながらの製法で生産されるとのことで、今後、取り扱いたいと考えています。


輸入先の珈琲豆によって珈琲文化が違う。

 ワインでテロワールとセパージュが語られるように、コーヒーでも生産地と品種が話題になります。

 同じ品種でも生産地の気候、土壌、標高などで育ちに違いが出るとともに、収穫後の精製方法が異なり豆の風味に特徴が出てきます。

 希少性のある豆として、オークションで優秀な成績を収め話題となった「ゲイシャ種」、映画「かごめ食堂」「最高の人生の見つけ方」に登場する「コピ・ルアック」、再発見物語が1冊の本になった「カフェ・ポワントゥ種」なども取り揃えています。

珈琲豆はどのようにして加工されるのですか?

 当たり前のことですが、珈琲は農産物です。焙煎は農産物の1次加工にすぎません。

 当店では焙煎の前後、すなわち生豆の状態で虫食い豆、われ豆、異物などを、焙煎後の時点で煎りムラのある豆などをハンドピックにより取り除いています。

 生豆の選別を行っていると、同じ豆は二つとなく個性的で、せっかくはるばる日本まで運ばれてきたのに欠点豆として除去するか迷うことも多々あります。

 農産物であるがゆえに、簡単に良否は判定できないのです。

 生産地、品種により特徴があり、その形や蝋引きしたように美しい青緑色の豆面を見ながら、生豆に触れているとなぜか気持ちが落ち着きます。

珈琲豆を再利用するという考えもありますね。

 はじかれた生豆は、焙煎機の調整時に試として利用しています。

 焙煎されたものの販売されない豆の再利用に関して、染めの材料として利用できないか染色家に相談、近々染を試してくれるとの話です。

 枕にしてみたいと持ち帰られたお客様もいらっしゃいます。

珈琲豆のどのようなところに魅力を感じていますか?

 珈琲の焙煎自体は生豆を焙るだけの単純な加熱加工です。

  ところが、いわゆる火加減で味に違いがうまれます。単純ゆえの奥深さが魅力の一つです。

 珈琲は生活必需品ではなく、嗜好品ということにも魅力を感じます。苦味と酸味、動物が嫌うものを味わうのです。コーヒーなどなくても死にはしません。

 色の黒い液体の魅力に取りつかれた先達はたくさんいます。その人たちについて知ることも楽しみの一つです。

 珈琲はグローバル商品、マーケットとしては石油に次ぐ国際商品、ワインの何倍かの取引高があるそうですが、その知見はワインの数分の一と言われていますので、勉強のやり甲斐を感じます。

 どのようなものでも同じでしょうが、珈琲を通して地理、歴史、植物、化学、経済、文化、芸術について学ぶことができます。

珈琲豆店を開こうとおもわれた経緯は?

 私は、2009年9月末、早期退職したのですが、退職後の生活は漠然としていました。

 撮りためた写真や本、資料を整理したり、職業柄、手工芸に関わっていたので、木工、陶芸、織りなどクラフト三昧の生活が夢でした。

 陶芸窯や織り機など、道具も揃えたりしていました。「シナリオ」のコンテストなどにも応募したりしました。

 そんな折、妻が、一言、「将来、喫茶店開業用にへそくりがある」と話しだしたのです。

 その頃、コーヒーに関する知識は、「珈琲を淹れるときは池をつくってはいけない」程度しか知らなかったのです。

 そこで、コーヒーの焙煎や抽出に関するセミナー、講習会に出かけ準備を始め、「へそくり」はあっという間に消えてしまいました。

 勉強を始めて1年ほどしたところで、生豆250g程度を煎ることができる小型焙煎機を手に入れ、各地のイベントやホテルロビーなどに出店して珈琲の販売を開始しました。

 ドリンクは別として珈琲豆は通りがかりで買うものではないことを痛感し、店舗を構えることにしました。

 初めてのイベント出店では主催者がカフェを開いていたため、ドリンク、焙煎豆を売ることができず、苦肉の策として「生豆」と珈琲器具のみを販売しました。

 店舗探しには1年ほどかけ、自宅周辺から始めて、埼玉県、栃木県などを見て回りました。

店は手作り感覚がいっぱいですね?

 それまで、バイトを含め、飲食関係で働いたことはなく、まして店舗をもつなどありませんでしたし、各地の自家焙煎店は事前に調査に行ってはいたのですが、店のコンセプトや内装のスタイルをまとめきれていなかったことが原因で、多くの時間を費やしました。

 設計も、中学からの友人に頼んだのですが、3Dソフトでイメージを作ってくれようとしたようで、なかなか具体的な図面ができませんでした。

 いろいろあって、土地の確保から、開店するまで、半年以上、掛かってしまいました。

 照明を付け替えたり、棚をつくり直したり、未だに、手を加えています。(笑)

配管や電気も自分で工事したらしいですね。

 焙煎機は外国製のものを仕入れたものですから、ガス管の規格が異なるということで、異径ソケットというパーツを自分で用意することになりました。

 ガスの工事や浄水器の取り付けも業者頼みにせず、基本の配管をお願いした後、取り付けは、自分で行ったりしました。

 店内と店舗入り口にはスピーカーを取り付けました。

 那須高原にあるMUSEという音楽ホールのオーナーでコンサートホールの音響設計をされていた方に事前に相談して、スピーカーのコードも自前で行いました。

 避雷針に使う電線が良いらしく、電気工事の方に伝えると、とても太いものになるという返事で、結局、これも自分で調べなおし、「銅より線」を購入して現場に届けました。

 給排水系では、2槽流し台の排水、珈琲マシーンの給排水も当方で行いました。


開店時はテーブルが無く、珈琲樽に布を被せて使用していました。その後、中古の支柱を見つけ、天板を珈琲豆のかたちにした珈琲豆テーブルを作製しました。コーヒー液を煮詰めたもので着色、天然オイルで仕上げてあります。

 素人仕事ですが、店のパンフ、名刺、スタンプカード、珈琲チケットも印刷のみ業者にお願いしています。


なぜ早稲田で?

 住まい近くでは条件に合う物件がなかなか見つかりませんでした。現在の店舗は煙突設置が許され、前面の早大通りの雰囲気も気に入りました。

 仙台の定禅寺通りのすぐ近くに住んでいたことがあります。

 中央のグリーンベルトには歩道があり、クリスマスのイルミネーションはもとより、定禅寺ストリートジャズフェスティバルでは歩道に面したビルのエントランスでプロアマを問わず生演奏を行っていました。

早大通りを見た時、スケールは違うが雰囲気は似ていると感じました。

 それから、高校時代、東西線で飯田橋まで通学していたことや、専門職時代の協会事務局が近くにあり、土地勘もありました。

 関心のあった地域通貨が存在したこと、隣地が駐車場で煙突設置が可能なことなどが決め手となりました。

 自家焙煎店の開業について書かれた本によれば、自家焙煎店は人通りの少ない場所でも開店可能との記事を読んでいたことが決断の後押しをしてくれました。

オープンして反響はいかがですか?

  2012年、珈琲の日の10月1日に開店したので、まだ1年経っていません。まだまだ認知度は低いです。

 初めて来店されたお客様から開口一番、「手作り感一杯だね」とか、「素人の店だね」との言ってくださいます。開店時はバタバタとし、テーブルもなく珈琲樽にクロスを掛けて凌ぎました。

「何の店か分からない」とか、「入っていいのか、悪いのかわからない」とのお声も頂戴しています。(笑)

 店としてはまだまだ未完で、仕事の流れもスムーズでないことから、積極的に宣伝するのもためらうところです。

 それでも、当店で知り合ったお客様同士で待ち合わせに使っていただいたり、紹介したいからとお客様を連れて来ていただいたりしています。

 看板を出していないので、「通り過ぎちゃったわよ。これを貼りなさい」と看板を書いてきてくださったお客様もいます。

 実は袖看板を知り合いの作家さんに依頼して作ってあったのですが、建物の構造をみた工務店の方が取り付けを嫌がり、やむを得ず店内に取り付けることになってしまったのです。

 開店時は「自家焙煎珈琲」の幟を立てたりもしましたが、これまたお客様から「チェーン店」のように見えるとのお声があり、取り去ってしまったいきさつがあります。


嬉しかったことは?

 お客様からおいしいと言っていただけるのが1番の嬉しさです。

 今までミルクを入れないと飲めなかったお客様の中から、何もいれずに最後まで飲めたと言っていただけることもあります。

 また、以前からのお客様が結婚されることになり、披露宴で「水合わせの儀」を当店の珈琲を使ってやりたいのでと、珈琲の注文がありました。

 歴史上初めて(笑)、と言われるブレンドを再現し、お二人の写真を貼った珈琲袋に入れてお渡ししました。その後、儀式の写真を持ってお出でになり、店内に飾ってあります。


珈琲ワークショップやいろいろな企画が満載ですね。

 4月から珈琲ワークショップを1回/月のペースで開き、コーヒーに関心のある方に参加いただいています。

 抽出の回では師匠からは使っていいよと提供いただいた資料をもとに実習しています。珈琲豆を輸入している方からは、ワークショップ面白そうだから現地農園の話をしてもいいよと言っていただいています。

 店内にはピクチャーレールを設置しているのですが、昨年の開店直後に比留間健一個展を開きました。

6月には「アトム通貨」さんの仲介で、「アジアの子どもたち応援キャンペーン」として地元シャプラニールさんの活動を紹介する展示を行いました。

 ジャズコンサートへも2回ほど出張珈琲を行いました。今年は、クリスマスコンサートの企画も進行しています。

 3月から「今月のことば・テーマ曲」を決め、閉店近くなるとテーマ曲を流していたのですが、先日いらしたお客様から、ご一緒に来られた知人方が外国に出発する際、店で聴いた曲のCDを買って行ったとお聞きし、驚きました。

珈琲好きの外国の方々も訪れるとか。イタリア人はエスプレッソ?

 お客様のなかで学生さんと思われる方は、どういうわけか外国の方が多い印象があります。店に流れていた音楽を聴いたという方は韓国の留学生でした。

 ベビーカーを押して母様お二人が来店され、お子様には店内のおもちゃを面白がっていただきました。

 そのうち、一人の方のご主人が絵を描くということで、ミニギャラリーに関心を持って下さり、イタリア料理店でマネージャー、バリスタとして活躍しているご主人を連れて来店されました。

 そのうち、ご主人向けにブレンドレシピの試作品を作りました。日本の家庭ならどこにでも急須があるように、イタリアの家庭ならどこにでもあるという直火式エスプレッソメーカー用に作ったのです。

 現在、2回目の試作品を送り、具体化に向けて準備している段階です。

将来、どんな店にしたいですか?

 やわらかな店。

 豆を買っていただいて、コーヒーを飲んでいただいて終わり、という店ではつまらないと思います。

 商品、サービスは店側の一方的な押し付けではなく、お客様とともに作ってゆきたいですね。

 小さな店ゆえ、小回りが効かせます。

アトム通貨の初任プロジェクトにあるように、豆、コーヒードリンクとも量り売りに対応しています。

 例えば、珈琲の袋に貼るラベルについても、できるだけ作者のとのやり取りを重視、新発売のブレンドのラベルは近くにあるギャラリーを主催されている方の作品、報告のためサンプルをお届けしたところ喜んでいただいて、「コーヒー袋」として他の作品とともにショップに並べて頂いています。

 最近、メニューボードを掲示しましたが、開店当初はメニュー表すらありませんでした。

 店内にあるベトナム式珈琲器具に関心を持たれ、飲んでみたいと言われたたお客様には、飲んで頂き、お客様に値付けをしていただいたこともあります。

 珈琲器具についても衝動買いではなく、試して、納得して購入して頂きたいので、コーヒーミル、手焙煎用網は貸し出しもしています。

 一方的なやり取りではなく、お客様の声を取り入れた商品開発をしたいと考えています。

 ゆくゆくは、生産者と愛飲者の架け橋になりたいものです。


珈琲はメディアだと。その真意は?

 珈琲が主役であることに変わりはありません。

 繰り返しになりますが、珈琲豆を売ることだけが目的ではありません。もちろん、ビジネスとして開始した以上、黒字にならなくては持続できませんが……。

 珈琲を通して、世界を眺める。珈琲でつながる。

 カッコよく言えば、人と人、情報のハブとなり、イギリスのコーヒーハウスやフランス、イタリア、ドイツなどのカフェのように、新しい事業や創作活動が生まれるところになれば嬉しい。

 珈琲をきっかけに、人と人がつながり、何かが生まれる、そんな店にしたいものです。

 まずはコーヒーに関心を持ってもらい、コーヒー好きを増やすことから始めていかねばと考えています。







園田啓示 そのだけいじ
1953年 東京生まれ
2003年 東北大学大学院医学系 博士課程後期 退学
2004年 独立行政法人国立病院機構東京病院附属リハビリテーション学院 勤務
2009年9月 同 退職
2012年10月 自家焙煎 咖琲よいち開業
資 格:食品衛生管理者,作業療法士,福祉用具プランナー,自動車運転免許
社団法人全日本コーヒー協会:コーヒーインストラクター2級
Instituto Internazionale Assaggiatori Caffe(IIAC):エスプレッソ・イタリアーノ・テイスターコース,スペシャリストコース,知覚的心理物理学コース,生豆・焙煎・ブレンドコース修了
コーノ式焙煎技術者養成講座 上級終了
会 員:日本コーヒー文化学会


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